江田島旧海軍兵学校

 

今回の撮影旅行は、鞆の浦~尾道~竹原そして呉でした。7年前は呉からのスタートでした。その為後の予定の都合上江田島は訪ねる事が出来なかったのが、とても心残りでした。今回は朝からお昼過ぎまでの半日を江田島で過ごす予定としました。目的は旧海軍兵学校の見学です。
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1917年(大正6年)建造、大講堂外観
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大講堂内観
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1893年(明治26年)建造の旧海軍兵学校生徒館
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1936年(昭和11年)建造、教育参考館。館内は約1000点の展示があります。中でも昭和19年10月の敷島隊に始まった神風特攻隊、大和隊・朝日隊・山桜隊の2525英霊と真珠湾特殊潜航艇28英霊、泊地襲撃回天特攻隊80英霊、合計2633英霊、平均年齢19.8歳という若い命が特攻隊として戦死されました。特攻の直前に書かれた多くの遺書は、涙なくして拝見する事が出来ませんでした・・・
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尚見学は定められた時間とご案内の方によるグループでの行動です。写真撮影も許可のある処のみとなっています。
大和、零戦、そして 教育参考館の遺品・遺書は、2度と戦争をしてはいけない、恒久平和を誓うシンボルであり続けてほしいと願っています。

 

さて尾道から掲載を始めた撮影旅行編はこれにて終了です。 長らくのお付き合いをありがとうございました。

 


by ei5184 | 2017-06-28 13:08 | スナップ-2 | Comments(34)
Commented by usubeni8 at 2017-06-28 14:01
eiさん、フットワーク凄いですね!
こちらの建物は、もしかして?「坂の上の雲」で本木雅弘が海軍士官の役(秋山兄弟の弟)で、撮影に使われてました?
なんだか見覚えのあるような気がしたのですが…。
Commented by at 2017-06-28 14:42 x
長い歴史の中の 悲しい泪なくては語れない・・・・
ドイツ完全降伏後の 日本に対する「ポツダム宣言」を完全拒否した 7月末の御前会議
この時 降伏を受け入れていれば、広島・長崎 そしてソビエト進行も無かったはず
昭和天皇には、真実を語って欲しかった と思っています。

Commented by A-HIMEKKO at 2017-06-28 14:45
堂々たる建築物ですね。
大正、明治の歴史ロマンを感じるとともに、
若い命を国に捧げた無念を
感じざるをえません・・・・

Commented by o-rudohime at 2017-06-28 15:04
今回の旅の主な目的を終えられたのですね。
第二次世界大戦に係わる写真は姿勢を正して見ました。
江田島旧兵学校の見学は有意義だったでしょうね。
叔父を戦争で亡くしているので一層身近かに感じる写真ばかりでした。
見せて頂きありがとうございました。

Commented by tabi-to-ryokou at 2017-06-28 15:43
こんにちは
私のカミサンの父上が、海軍兵学校の卒業でした。私の義父にあたります。
鬼籍に入られてから10数年経ちますが、カミサンと、一度江田島の兵学校を訪ねてみようと
話しながら、まだ実現していません。
写真を拝見して、自分たちが鬼籍に入る前に(^。^)、訪問しなければと、強く思いました。
Commented by zakkkan at 2017-06-28 16:11
生きてますね・・こうして見せていただくと
生きてる実感が湧くのは妙な感想です
戦後生まれの私ですが、父母たちの戦争の話は、幼いころの
ただ一つ、父親の話のネタでした

兵学校、軍艦大和、それぞれはただただお話の登場物ですが
想い、忘れない為の遺物でもあるのでしょうね・・
Commented by nejibanadayori at 2017-06-28 21:13
今晩は 綺麗な写真ばかりですね。良く撮れています、広島原爆の時知り合いが江田島の兵学校にて原爆雲を見ており、偶然亡くなった父も広島の近くにいて
雲を見ており、雲の色が白かった黒かったと言いながら、飲んでいたのを思い出します。広島に救護に入ったみたいですが、話は殆ど聞いておりません。入った事の証明をしてくれる人を探していた様ですが?  モノを知らずに失言ばかりの大臣には呆れます。
一度見に行きたいものです。 近くなのですから。
Commented by otomeurarafuku at 2017-06-28 21:31
立派な建物ですね
煉瓦造りの長い渡り廊下・・・兵学校なのですね
お国のためにと ここで学び そして散って行った命の事を思うと 胸が詰まります
鹿児島の知覧特攻平和会館で 特攻隊の手紙を見ました
その時のことを思い出しました
Commented by fleunn at 2017-06-28 22:11
戦争を知らない私たちだからこそ 目を背けては
いけない現実
罪なき命を無駄にしてはいけない
なのになのに悲しいことが多すぎる…

旅の疲れをしっかりとって下さいね(*^.^*)
旅のお供を出来たことに感謝 お写真ありがとうございました(*´∇`)ノ
Commented by 臥遊 at 2017-06-28 22:28 x
ミリオタではないのですが、呉はぜひ一度は足を運びたい場所です。
旧海軍兵学校の建物も、きれいに保存されているんですね。

実は、亡き伯父が戦争末期に駆逐艦冬月に乗っていて、戦艦大和の最期を見届けたそうです。
海に飛び込んだ大和の乗組員が、油まみれになって助けを求める姿は、「まさに、地獄絵図を見るようだった。」という話を
何度聞いたことでしょうか。
南方の激戦地にも行ってましたので、涙ながらに悲惨な戦争話をする伯父の姿は、脳裏に焼き付いて忘れることはできません。

Commented by manekinntetti at 2017-06-29 05:21
尾道からの撮影旅行の画像とレポを見せて頂き
ありがとうございました。
ここ数日間は「え?誰のところ?eiさん?」
「ちょっとそこまで」どころでなはなく、
驚きと共に見入っていました。
江田島旧海軍兵学校にも時間をかけることが出来てよかったですね。
機会があれば、行ってみたいです
Commented by ei5184 at 2017-06-29 08:34
usubeni8さん、ハイ、大講堂と赤レンガ館幹部候補生学校庁舎は此方でした。
番組内では全国でロケをしていたようです。あと見覚えがあったのは
京都国立博物館や舞鶴の煉瓦倉庫等は直ぐにわかりました(笑)
Commented by ei5184 at 2017-06-29 08:43
凧さん、歴史に、たら・れば を言っても仕方が無いのでしょうが、
本当に貴い命を、しかも何十万という民間人までもが巻き添えで亡くなりました!
広島・長崎だけではなく、此処にも戦争で亡くなった方の多くの遺品・遺書が残されています。
やっと訪ねる事が叶いました。絶対に戦争をしてはなりません!
挑発に乗らずに、戦争に巻き込まれない努力をして行かなければなりませんね。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 08:50
A-HIMEKKOさん、呉の旧軍港とは目と鼻の先ですが、
良くぞ空襲に遭わずに残されたものでした。
平均年齢20歳未満の英霊たちが特攻隊で命を落としています。
国を憂い愛する家族を想う遺書は、とめどなく涙を流しながら拝見しました。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 08:57
himeさん、私たちの年代よりも更に年配の方は
父親やご親族の方が戦争体験者でしたよね。
私の父も南方にいたそうです。 でも、余り話したがりませんでした。
戦友の多くが生きて日本に帰らなかったそうです・・・
未来への教訓と戒めにして行かねばと思います。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 09:04
旅プラスさん、教育参考館に、海軍兵学校卒業生の方は全員の名前が残されています。
何期生か判ればすぐに見つけられると思います。
是非機会を作られて訪ねて下さい。フェリーで島へ渡りますので半日は掛かります。
時間に余裕を持たれて!
呉港には大和ミュージアム、鉄のクジラ館をはじめ、見所も色々ありますよ。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 09:10
zakkkanさん、ハイ、私は呉に残されたものは、平和への誓とシンボルの一つだと思います。
何時でも、何時までも訪ねられるように恒久的に残して欲しいと願っています。
此処へ来ますと絶対に戦争に巻き込まれてはいけない!
2度と戦争をしてはならないと確認する事は、とても容易い事が判ります。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 09:16
nejibanadayoriさん、お知り合いが江田島の兵学校におられたのですか!
江田島からですと目と鼻の先ですから、目の当たりに広がった光景だったでしょうね・・・
間もなく8月ですが、その時だけではなく何かの機会を作り、
広島・長崎、この江田島と訪ねなければと再認識しました。
次は知覧を訪ねたいと願っています。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 09:24
otomeurarafukuさん、 知覧へは行かれていましたか!
私の次の目的地の一つにしています。
旧海軍兵学校ですが、今は海上自衛隊の幹部候補生が学ばれています。
如何に戦争に巻き込まれない様に、そして国の専守防衛に徹する事などでしょうか。
明日を託す若い方々が間近に先人の遺した学習資料があるのは
素晴らしい教材の一つでしょうね。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 09:29
fleunnさん、ありがとうございます。5月下旬の旅行記が
ひと月掛かってやっと掲載が出来ました。
今回の目的がやっと叶い、又改めて平和の有難さを再確認出来ました。
次は知覧へ行かなければと、出来れば来年と思いを巡らせています。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 09:35
臥遊さん、伯父さんが駆逐艦冬月に乗って、戦艦大和の最期をご存知だったとは、凄いお話ですね! 
地獄絵図を見る様と仰るお話に、真実の声が聴こえてきそうです。
私の父も南方だったそうですが、殆ど戦争の話は聴いた記憶がありません。
多分話したがらなかったのだと思います・・・
大変貴重なコメントを、ありがとうございました。
Commented by ei5184 at 2017-06-29 09:47
テッチさん、7年前に目と鼻の先まで来ていたのに、時間の都合で立ち寄る事が出来ませんでした。
今回は最終日に充てました。1日を費やしてもと行程を計画しました。
フェリーで渡り、バスに乗ります。決して交通の便が良くないのです。
例えば12時台のバスは無かったり(笑) 
でも機会があれば是非一度訪ねて下さい。平和を守り築かねばと再確認しました。
Commented by 瑠歌 at 2017-06-29 16:41 x
eiさん、一か月に渡り、お疲れ様でした。良い物を見せて頂きました。
今回の、鞆の浦~呉、江田島は、私にとっては地元のようなものなので、見た事のある景色ばかりでした。
でも、eiさんの撮られた景色は、私とはどこか違います。腕が違う・思いが違う。まあ、違って当然なのですが…。
呉の潜水艦では、毎朝、毎夕に国旗の掲揚、降納があります。それが絵になるというので、撮りに通った事もありますが、
戦争という事に関して、深く考えた事はあまりありませんでしたが、私と同年代のeiさんなのに、色々と教えて頂きました。
広島に暮らす者として、もっと違う意識を持って、もう一度撮影に回ってみたいと思います。
これからもお元気で、ちょっとだけ遠い旅に出て下さいね! ありがとうございました。

「おわら」も、あと二カ月になりました~! 今年は今のところ、行けそうで~す!

Commented by ei5184 at 2017-06-29 18:24
瑠歌さん、風の盆まであと2か月ですね! 2日から4日迄いますよ~(笑)

7年前と少しも変わっていなかった鞆の浦、尾道、呉、そして初めて訪ねた
竹原と江田島は、好い思い出がまた一つ増えました。
今度は宮島へ訪ねてみたいと思います。未だなんです(笑)
その時は事前にご連絡をします(笑)
Commented by かよ at 2017-06-29 21:30 x
eiさんと一緒に広島旅行をしていた気分です。
鹿児島の知覧、私ももう一度訪れたいと思っています。
5月に行けなかった冨屋食堂(特攻の母と呼ばれたトメさんが営んでいた食堂)も忘れずに・・・
もしよければですが、ご一緒しましょう。
旅の癒し、指宿(山川)の砂むし風呂&絶景露天風呂は病み付きになりますよ。
Commented by 瑠歌 at 2017-06-29 22:05 x
宮島へはまだでしたか? 是非是非おいで下さいませ! 
観光シーズンの時は、島が沈むかと思うほどの沢山の人です。
桜も紅葉もどちらもグーですよ、喜んでご案内致します!
厳島神社はeiさんにとってはとても魅力的な建物だと思います。
事前のご連絡をお待ちしておりますね~!
Commented by ei5184 at 2017-06-30 04:48
かよさん、ありがとうございます。ご一緒出来れば心強いですね~
取敢えず来年の5月頃かな? と思いますが平日ですよ!
指宿から眺めた開聞岳の夕焼けは綺麗ですね。
一度ゴルフ旅行で泊まりましたが、撮影はしませんでした(笑)
Commented by ei5184 at 2017-06-30 04:51
瑠歌さん、そうなんです。広島までは行きますが、宮島へは遠くて(笑)
シーズンオフに夕景と早朝を撮りたいのですが、
そんな撮影ポイントがあれば教えて下さい。
Commented by etigoya13-3 at 2017-07-01 01:30
網走の監獄博物館の建物も美しいと思いましたが、こちらもまた美しいですね。
大講堂や下から2枚目の写真は監獄博物館を思い起こさせます。
天井のアールやアーチ、暗い部分と明るい部分この時代ならではの美しさですね。
Commented by ei5184 at 2017-07-01 05:02
越後屋さん、監獄博物館は知らないのですが、よく似ているのですか?
しかし、目的が違うようです(笑) 此方は全て現役で使われています。
大講堂は幹部候補生の入学、卒業式に使われているそうです。
天井の照明器具は舵輪をデザインしていました。
Commented by etigoya13-3 at 2017-07-02 21:42
博物館の建物はかなり雰囲気が似ています。
確かに今は見学だけなのですが、もったいないぐらい監獄でありながら今見ると美しさもあります。

こういう建物を実際に使いながらというのが素晴らしいですね。
Commented by ei5184 at 2017-07-03 09:07
越後屋さん、へえそうなんでしたか!
40年近く前に刑務所の外観は見た事がありましたが、
博物館はその後にできたのでしょうか?
映画 網走番外地の影響で観光ルートになっていました(笑)
Commented by etigoya13-3 at 2017-07-08 10:27
以前とは別の場所へ移築され、今は内部見学が可能になっています。
ぜひ見比べてみてください。
奈良の刑務所をホテルへ改修するところも外観は雰囲気が似ているなと思っているのですが、あちらは内装少し変えるようですし。
Commented by ei5184 at 2017-07-09 04:16
越後屋さん、えっ、奈良の刑務所をホテルへ改修するのですか?
隣の県ですが、全く知らなかった! 早速検索してみました。
2020年に完成したら一度観に行ってきます。
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